2008年 09月 28日

「おかーさん。この人たちは、一体なにに“抗議”してるの?」
深夜のングラ・ライ空港の出口を出ると、「コシヒカリ」は不思議そうに尋ねてくる。
客引きやホテルから出迎えに来た人々がぎっしりとひしめき、その多くが手に手に「××様」「歓迎・○○ツアーご一行様」というようなことを書いた紙を掲げているので、英語の読めない娘には、それがデモのプラカードに見えたらしい。
いろんな国の空港や、バスや列車を降りたとたんなど、今まで数えきれないほどこういう「出迎え」には遭ってきたが、すっかりデモとかんちがいしている娘の言葉はとても新鮮で、私は横っ腹が痛くなるほど笑ってしまった。
そして、内心では
“たいへん!みんな怒ってる!なにかに反対してるんだ!すごいところに来ちゃった!”
と驚いたはずなのに、そのわりに落ち着いて、山なすインドネシア人の表情を見きわめようとしている娘をおもしろく感じた。

出口を出る前、空港内の銀行で、円をルピアに替える。
義父母はそれすらも自力でやろうとせず、私に数千円を渡して
「替えるのはこれくらいでいいかしら。ちょっとやってきて。」
と両替窓口に行かせる。
子供たちは、それを見て「オレも替えたい!」「自分で替えてみたい!」。
子供のほうがよほど向上心があり、目は離せないけれどこちらも世話するのが楽しい。
それぞれ、自分のお小遣いから千円札を1枚だけ替えてみることにした。
両替したら、後ろが長蛇の列になっていようと気にせず、焦らずに金額をその場で確認すること。
高額紙幣は崩してもらうこと。
など、基本中の基本を教え、3人ともちゃんとそのとおりにできた。
外国のお金もめずらしければ、たった1枚のお札がこんなにどっさりのお札に替わったこともおもしろくてしょうがなく、窓口の人に意思の疎通ができたこともうれしく、いちいち初心者らしく舞い上がっている。
それはそれで、かわいい。
「でも、確認が終わったら現金は人目にさらさないように気をつけること。お札の枚数が増えたからといって調子に乗らないこと。たった1000円がこんなにいっぱいのお札になったのはどうしてなのか、考えてみること。」
と、保護者らしくフォローもした。

ホテルから出迎えに来ていたのは、若い日本人女性のスタッフだった。
来るのはインドネシア人スタッフだとばかり思っていたので、頭の中でインドネシア語の夜の挨拶を思い出したりしていた私はちょっと拍子抜けした。
でも、疲れている一行のことを考えると、日本人の出迎えはありがたい。
「こんばんはー!」とみんな元気に挨拶している。
マイクロバスに乗り込むと、かわいらしい関西弁でスタッフの女性がいろいろ話しかけてくれるので、国内旅行のように場が和んでいった。

しかし夫だけは、窓の外を飽きずに眺め、時々うめき声を発している。
「うーん、すごい……。」
「何がよ?」
「俺ってなにしろこういう国に来たのは初めてだから……暗いし……こんな夜中にいきなりぽつぽつ開いてる店があって……誰が買ってくんだよ……人が道ばたにボケボケ座り込んでいたり。すげースピード出すし……。このバイクの量!車もバイクもすげえスピード。」
感嘆している。
そうか。私には懐かしく感じるだけの、“到着直後の、夜の空港からホテルまでの道のり”独特の感覚だ。
テレビとか、本の旅行記の中でしか経験のなかったことなのか。
旅の疑似体験ならいくらでもできる時代だけど、斜に構えず「すごい、すごい」と目を見張っている素直さを、“いいなあ”と思う。
私ならこんなに素直に反応しただろうか。
初めての“初日の夜”の感覚を呼び戻そうとしても、もう手が届かないほど遠くなっていて、うまく思い出せない。
たしか、当時は旅のベテランの友人と二人連れだったから、「ふん、私はこんなことでいちいち驚かないわよ」という対抗心があったような記憶がある。
昔の私とまるでちがう、彼の素直さをうらやましく感じる。

ホテルと書いてきたが、今回選んだのはスミニャック地区にある、セントーサ・プライベートヴィラ&スパというところだ。
全室がプライベートプール付きヴィラになっている。
20年近く前にインドネシアを一人で廻っていたころは、ロスメンにしか泊まっていなかった。ロスメンとは安宿の総称であり、水シャワーや「マンディ」と呼ばれる汲み置き溜め水でしか体を洗えないところばかりだった。
それがこの変わりよう。
4つのベッドルームが大きなプールを取り囲んで建っており、うち二つは、屋外にバスタブがついている。
ガラス張りのシャワーブースがあり、さらに各ベッドルームの坪庭に、竹を切って組み合わせたような形の打たせ湯があった。
キッチン付きのリビングルームもある。
日本時間ではすでに夜中の3時過ぎになっているのに、子供たちはすっかり驚いて、「今から泳ぐ!」などと興奮している。
怒ったりなだめたりしながら、どうにか部屋を割り当てて、今夜はとにかく各部屋に押し込んだ。

マスターベッドルームふたつは、義父母で一部屋、私たち夫婦で一部屋を使い、残りのうち一部屋は高校生の「ササニシキ」がひとりで使い、あとのふたりの子供を一部屋に入れた。
みんなあっという間に寝静まったようだ。
私は、ふだんから寝付きが悪く、とくに旅先では眠れなくなる。
坪庭の植栽が、聞いたことのない音を立てる。
芭蕉の大きな葉が、風でこすれると、ばさ、ばさ、と、なんともいえない奇妙な音になる。
はじめは「猿でもいるのかな?」とまちがえて、とうに寝ている夫を起こさないように、坪庭へのドアを開けて見に行くがなにもいなかった。
さほど大きな音でもないのに、一度聞いたら耳について離れない。
日常で耳にするような、木の小さな葉がこすれる音とは段違いに響くから、気になってなかなか眠れない。
しーんと鎮まった空気の存在をその音がかえって強調しているかのように、くぐもっているのに低く響く。
でも不愉快な音ではなく、ただ耳慣れないだけなのだ。
暑くも寒くもない静かな夜が更け、やっと旅行の一日目が終了した。

# by baliapakaba | 2008-09-28 23:17 | 2話 初心者の新鮮な反応







