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2話 初心者の新鮮な反応



「おかーさん。この人たちは、一体なにに“抗議”してるの?」
深夜のングラ・ライ空港の出口を出ると、「コシヒカリ」は不思議そうに尋ねてくる。
客引きやホテルから出迎えに来た人々がぎっしりとひしめき、その多くが手に手に「××様」「歓迎・○○ツアーご一行様」というようなことを書いた紙を掲げているので、英語の読めない娘には、それがデモのプラカードに見えたらしい。
いろんな国の空港や、バスや列車を降りたとたんなど、今まで数えきれないほどこういう「出迎え」には遭ってきたが、すっかりデモとかんちがいしている娘の言葉はとても新鮮で、私は横っ腹が痛くなるほど笑ってしまった。
そして、内心では
“たいへん!みんな怒ってる!なにかに反対してるんだ!すごいところに来ちゃった!”
と驚いたはずなのに、そのわりに落ち着いて、山なすインドネシア人の表情を見きわめようとしている娘をおもしろく感じた。



出口を出る前、空港内の銀行で、円をルピアに替える。
義父母はそれすらも自力でやろうとせず、私に数千円を渡して
「替えるのはこれくらいでいいかしら。ちょっとやってきて。」
と両替窓口に行かせる。
子供たちは、それを見て「オレも替えたい!」「自分で替えてみたい!」。
子供のほうがよほど向上心があり、目は離せないけれどこちらも世話するのが楽しい。
それぞれ、自分のお小遣いから千円札を1枚だけ替えてみることにした。

両替したら、後ろが長蛇の列になっていようと気にせず、焦らずに金額をその場で確認すること。
高額紙幣は崩してもらうこと。
など、基本中の基本を教え、3人ともちゃんとそのとおりにできた。
外国のお金もめずらしければ、たった1枚のお札がこんなにどっさりのお札に替わったこともおもしろくてしょうがなく、窓口の人に意思の疎通ができたこともうれしく、いちいち初心者らしく舞い上がっている。
それはそれで、かわいい。

「でも、確認が終わったら現金は人目にさらさないように気をつけること。お札の枚数が増えたからといって調子に乗らないこと。たった1000円がこんなにいっぱいのお札になったのはどうしてなのか、考えてみること。」
と、保護者らしくフォローもした。



ホテルから出迎えに来ていたのは、若い日本人女性のスタッフだった。
来るのはインドネシア人スタッフだとばかり思っていたので、頭の中でインドネシア語の夜の挨拶を思い出したりしていた私はちょっと拍子抜けした。
でも、疲れている一行のことを考えると、日本人の出迎えはありがたい。
「こんばんはー!」とみんな元気に挨拶している。
マイクロバスに乗り込むと、かわいらしい関西弁でスタッフの女性がいろいろ話しかけてくれるので、国内旅行のように場が和んでいった。



しかし夫だけは、窓の外を飽きずに眺め、時々うめき声を発している。
「うーん、すごい……。」
「何がよ?」
「俺ってなにしろこういう国に来たのは初めてだから……暗いし……こんな夜中にいきなりぽつぽつ開いてる店があって……誰が買ってくんだよ……人が道ばたにボケボケ座り込んでいたり。すげースピード出すし……。このバイクの量!車もバイクもすげえスピード。」
感嘆している。
そうか。私には懐かしく感じるだけの、“到着直後の、夜の空港からホテルまでの道のり”独特の感覚だ。
テレビとか、本の旅行記の中でしか経験のなかったことなのか。
旅の疑似体験ならいくらでもできる時代だけど、斜に構えず「すごい、すごい」と目を見張っている素直さを、“いいなあ”と思う。

私ならこんなに素直に反応しただろうか。
初めての“初日の夜”の感覚を呼び戻そうとしても、もう手が届かないほど遠くなっていて、うまく思い出せない。
たしか、当時は旅のベテランの友人と二人連れだったから、「ふん、私はこんなことでいちいち驚かないわよ」という対抗心があったような記憶がある。
昔の私とまるでちがう、彼の素直さをうらやましく感じる。



ホテルと書いてきたが、今回選んだのはスミニャック地区にある、セントーサ・プライベートヴィラ&スパというところだ。
全室がプライベートプール付きヴィラになっている。
20年近く前にインドネシアを一人で廻っていたころは、ロスメンにしか泊まっていなかった。ロスメンとは安宿の総称であり、水シャワーや「マンディ」と呼ばれる汲み置き溜め水でしか体を洗えないところばかりだった。
それがこの変わりよう。
4つのベッドルームが大きなプールを取り囲んで建っており、うち二つは、屋外にバスタブがついている。
ガラス張りのシャワーブースがあり、さらに各ベッドルームの坪庭に、竹を切って組み合わせたような形の打たせ湯があった。
キッチン付きのリビングルームもある。
日本時間ではすでに夜中の3時過ぎになっているのに、子供たちはすっかり驚いて、「今から泳ぐ!」などと興奮している。
怒ったりなだめたりしながら、どうにか部屋を割り当てて、今夜はとにかく各部屋に押し込んだ。



マスターベッドルームふたつは、義父母で一部屋、私たち夫婦で一部屋を使い、残りのうち一部屋は高校生の「ササニシキ」がひとりで使い、あとのふたりの子供を一部屋に入れた。
みんなあっという間に寝静まったようだ。
私は、ふだんから寝付きが悪く、とくに旅先では眠れなくなる。
坪庭の植栽が、聞いたことのない音を立てる。
芭蕉の大きな葉が、風でこすれると、ばさ、ばさ、と、なんともいえない奇妙な音になる。
はじめは「猿でもいるのかな?」とまちがえて、とうに寝ている夫を起こさないように、坪庭へのドアを開けて見に行くがなにもいなかった。

さほど大きな音でもないのに、一度聞いたら耳について離れない。
日常で耳にするような、木の小さな葉がこすれる音とは段違いに響くから、気になってなかなか眠れない。
しーんと鎮まった空気の存在をその音がかえって強調しているかのように、くぐもっているのに低く響く。
でも不愉快な音ではなく、ただ耳慣れないだけなのだ。
暑くも寒くもない静かな夜が更け、やっと旅行の一日目が終了した。

[

# by baliapakaba | 2008-09-28 23:17 | 2話 初心者の新鮮な反応

『マッピー』用ボーダー

1話 がんばろうツアコン!〜出発




「あ、オレはアレを払ってこなきゃ、空港のアレを。アレ払ってくる。どこだ?こっちかな?」
「ああアレね、ちょっと眞紀ちゃん、うちのが行っちゃったからいっしょに付いてって、払うのやってあげて!」
「はい?わかりました。みんなここで待っててください。」

成田空港で義父母と待ち合わせ、会ったとたんに義父はひとりでたったたったとセキュリティ・チェックのほうへ歩いていってしまう。
私は駆け足で追いかけながら、“アレってなんのこと?”と忙しく推測している。
アレって、アレか?
空港使用税のことかな?
それは航空券の代金に含まれているんですよー。
もうとっくに、自販機もなくなっているんですよー。
待ってー。
団体行動なんだからひとりで出歩かないでくださーい。
第一、ふたりとも、今までいったい何回海外旅行に行ってるの?
“私、大丈夫かなあ。6日間、がんばれるかなあ。”
でもがんばるのだ。
6日後に、またここに全員元気で降り立てるように!



来年、うちの長男の「ササニシキ」は高3、次男の「アキタコマチ」は中3、長女の「コシヒカリ」が小6になる。
もし娘も中学受験するとしたら3人、それがないとしても、少なくとも上のふたりは必ず受験をする。
長男が大学生になったら、もう親にくっついて旅行などしないだろうしついてきてほしくもない。
「これが最後の家族旅行じゃないかしら。今年の夏休みは、なんとか休みの都合を合わせて、どこかへみんなで行きましょうよ。家族旅行って、とってもいいことよ、いい思い出になるわよ。」
と、義母が4月ごろから言い出した。
うちには家族旅行をできる資金の余裕がないが、費用は義父母が出してくれるという。
本来なら、こちらが親を旅行に招待するくらいが筋だろうけれど、子供には本当にお金がかかるのでそれは今後しばらくの間、絶対に無理だ。
威張っていえる話ではないが、ここは見栄を張って断ってもしょうがないのでありがたく甘えることにした。

しかしこのメンバー。
どこへ行くにせよ、ツアコンは私か。
年を取ってどんどんわがままになっている老親、「なんにもしたくない。ビーチでただ一日中寝ていたい。どこも観光しない。」と言い切る俺様な夫、「あそこ行きたーい!」「ここ行きたーい!」とはしゃぎすぎる子供3人。
当然、全員、英語も現地語も、口にする気ゼロ、です、ね?
この人たちを迷子にさせず、体調を崩させず、食べるものも見るものも喜ばせて、危ない目に遭わないようにして、「楽しかった!」と最後に言ってもらえるようにしなければ。
私ひとりで、ゼロ歳児を連れてネパールに行ったこともあれば、6歳児を連れてヨルダン・シリアに行ったこともある。
けれども今回の緊張と重責感はそれらとは桁違いだ。
でも、私は嫁だし、旅行費用を出してもらう身なんだから、お金を出せない代わりに身を挺して皆さんを満足させるのが務めじゃないか!
どう考えてもほんとに贅沢で、ありがたい話だよ!
皆さんの言い放題なわがままを叶えたり蹴散らしたりしながら、せいいっぱいがんばるよ!



まず、予算を聞いておく。
それから全員で会議。
行き先について、忌憚なきご意見をどうぞ。

「ササニシキ」: エジプトかイタリア。
私: 論外。
「コシヒカリ」: 沖縄がいい。沖縄だいすき。でも海外に行ってみたーい。
私: 沖縄もいいね。でもまあ、海外に行きたい人が多そうだから。
義父: ハワイのコンドミニアムを借りて……
私: 高いです。予算オーバー。
義母: 巨大ホテルはイヤよね、コテージとかヴィラタイプとかでゆっくりしたいわ。
私: 巨大ホテルのほうが安いんですよ。洒落たところは高くなりますよ。
夫: 巨大ホテルなんてイヤだよ学校みてえじゃねえか。どうして休みなのに学校みたいなとこに行かなきゃなんねーんだ。南の島の小さいヴィラ。ビーチかベッドで一日中だらだらだらだら。
私: 日数からしてあまり遠くは行けないよ。雨期の問題があるし。
義父: ならタヒチのボラボラ島の水上コテージがいいよなあ!
私: 論外です。ボラボラ島は高すぎ!
義母: 5日間はイヤよ。行った気がしないもの。最低でも6日間はほしいわ。あっ。でもあたし25日には帰りたいのよ仕事が入ってるから!
私: 25日までに帰国、ですね。それで6日間。わかりました。
サ: オレ部活が……
ア: あれ?オレ、部活の大会かな?
コ: わたし夏期講習。
私: 調整つけてなるべく休まずにいられる日程を考えるから。早く日取りを決めちゃおう。



まったくまとまらない忌憚なき意見交換を経て、どうにか行き先はバリに決定した。
バリなら、20年近く前だとはいえ、私は行ったことがある。
インドネシアを3週間、ひとりでぶらぶらしていたので、言葉もかなり覚えている。
ツアコンにとって多少は自信のある場所だからありがたい。

義母は最初、フリータイム中心のパックツアーを申し込んでくれ(もう、旅行社を調べたり問い合わせたりするのもすべて私任せなの)と言っていたが、私はツアーを利用した経験がまるでないため、あまりの煩雑さと融通の利かないことにうんざりしてしまい、往復の航空券とホテルの申し込みを自力でネットで手配した。
べつにこんなことは誰でもやっていることなのだが、義母は「えっ、大丈夫なの、ちゃんと取れてるの?」と何度も念を押していた。



「ビジネスクラスじゃないので、シートは狭いですよ。」
とさんざん脅してJAL機に搭乗すると、
「あら、もっともっと狭いかと思っておそれていたら、まあどうにか我慢できるわ。」
ひとまずほっとした。
これで「こんなに狭いんじゃ疲れに行くみたいだわ!どうしよう!」とか言われたら、こっちこそどうしようかと心配していた。
子供3人は3人掛けの窓際に座らせ、大人4人は1列に並んだ。
義父母夫婦は私の隣。
夫は私の隣。
ようするに、私が間にはさまってどちらとも話をするのだ。
この親子は、ふだんから私を介さないとほぼ意思の疎通がない。
一人息子にしては親が子離れしすぎていて、夫のほうも、むしろ私の親とは仲良くしているが自分の親にはちっとも近づこうとしない。
まあ、親子ベッタリなほうが嫁ははるかに苦労だろうから、これでうまく収まっているのだろうけど。



しかし、ネット予約を大丈夫なのかと心配したり、成田で顔を合わせるなり空港使用税を払おうと団体を離れたり、ここ10年ほどはビジネスクラスしか乗っていないからとエコノミークラスの狭さをこわがったり……“年を取るって、こういうことなんだ。いつまでも昔と同じじゃない、まったく別だ。これは子供よりよほど注意を払わなければ”。
50代のころには、義父母はヨーロッパをふたりきりで気ままに廻ったりしていた。
レンタカーで2週間くらい、その日の宿は適当に飛び込んで交渉してという、カッコイイことをやっていた。
私がふたりに持っていたイメージはそのころで止まっていた。
旅の先達、旅の達人。
60代になって、「こわいからこれからはツアーで行く」と言い出したときは、“えっ?自由旅行を満喫してきた人たちが、ツアーの窮屈さに耐えられるの?”と耳を疑った。

もう、ぜんぜん旅の達人じゃ、ないんだ。
それどころか、私がいなければ、こうした完全な自由旅行など二度とするチャンスはないんだ。
ああ、私がんばろう。オー。こればっかりだね。

JAL機の到着時刻は深夜ちかくだ。
私以外の誰も、いわゆる“発展途上国”を自由旅行した経験がない。
夜中の空港を一歩出たとたんにうわっと客引きや出迎えに取り囲まれたら、こわいだろう。
みんなより一歩先に出て、ホテルの送迎の従業員(送迎つきにした)を見つけなくては。
初めての国への入国は第一印象が肝心だから……機内で配られた入国カードをほとんどすべてまちがえて記入していた義父母の分を訂正してあげながら、私はすでに空港の出口を通ったあとのことをあれこれ案じている。

# by baliapakaba | 2008-09-21 01:27 | 1話 がんばろうツアコン!〜出発

『マッピー』用ボーダー

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